カンバーランド長老キリスト教会

めぐみ教会

東京都東大和市にあるプロテスタント長老派のキリスト教会です

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  • 待降節第4主日 ルカによる福音書1章39節−56節

    「静まる時、気づく神の愛」 2021年12月19日

    何が起こるか分からない将来。そして戻ってやり直すことの出来ない過去。そんな世界に私たちは生きている。では私たちの希望はどこにあるのだろうか。

    1 マリアへの受胎告知

    マリアはナザレに住み、ダビデ家のヨセフのいいなずけだった。ある日天使が彼女の所に顕れ、聖霊によって身ごもり男の子を産む。その子をイエスと名づけなさい、との言葉を語る。天使による受胎の告知。それはヨセフのいいなずけになっていた身としては一大事だった。マリアは天使から親類エリサベトの出来事も聞いた。「あなたの親類エリサベトも老年ながら男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう6ヶ月になっている。神にはできないことは何一つない」。身近な親類の身に起こった事は同じ女として驚きだった。しかしマリアはその天使の呼びかけに驚くべき答えを返した。「私は主の仕え女です。お言葉どおり、この身になりますように」と。マリアは、神に信頼して生きよう、と決断したのだった。マリアは神に委ねて生き、神に生かされる人生を歩み出した。「私」が主語として生きる人生から「神」が主語の人生に変わった。すごい、の一言。

    2 マリア、エリサベトを訪問の意味

    この後マリアはエリサベトを訪ねる。そのことによって彼女は次の二つを知った。

    (1)神がマリアにエリサベトと会わせることによって、天使の話してくれたことが本当だった、と教えられた。彼女の心には感謝が生まれた。

    (2)神がマリアをエリサベトに会わせることによって、神は彼女を賛美する人へと導かれた。神の助けによりマリアは賛美した。この賛美は多くの方によって歌い継がれるようになった。マリアはその中で「私を幸いな人と言うでしょう。力ある方が、私に大いなることをしてくださったからです」と歌う。ではマリアはどのような幸いな人になっただろうか。彼女に裕福な暮らしが待っていたか。否、貧しい家畜小屋で初子を産んだ。当時のユダヤの王に子どもの命を狙われた。自分の子の死を目の前に見た。では何が「幸い」なのか。それは「力ある方が、私に大いなることをしてくださったからです。」(49節)とあるように、神が私に働き、神が私を用いてくださったこと、それによって神が私の人生の主人として生きてくださったことだ。神が自分の主として生きてくださる時、マリアの今が、そして将来が変わった。さらにマリアはヨセフのいいなずけになっていた。だからこそヨセフによって産まれてくる子とマリアは守られた。それゆえ神はマリアの過去をも祝福へと変えられた、と言えよう。マリアは「今から後、いつの世の人々も私を幸いな者と言うでしょう。」と生涯を通して主を賛美し続けた。

    3 マリアに続く者

    今日、洗礼を受けるお二人はマリアに続く人と言える。救い主イエス・キリストを信じて新しい人生を歩み出す決心をされた。この洗礼によって私たちめぐみ教会の家族の一員になる。過去の人生の重荷を降ろし、イエス・キリストを人生の主として生きる新しい生活を始める。 「私は主の仕え女です。お言葉どおり、この身になりますように」と心を静める時、神の愛に応えるマリアに続く者となる。我らはこの神の祝福の中に生きている。

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