カンバーランド長老キリスト教会

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  • 降誕節第2主日 ルカによる福音書2章41−52節

    少年イエスの里帰り 2022年1月2日

    ユダヤの新年は過越の祭り(今のイースターの時)から始まる。イエスが12歳の頃、両親は子どもを連れて北の町ナザレからエルサレムに来ていた。

    1 イエスの両親はどんな人?

    1)毎年エルサレムに出かけた

    マリア、ヨセフ家族はエルサレムの神殿に行くことを常とし、「毎年」(41節)エルサレムに出かけていた。当時ユダヤ人に勧められていた「年に一回はエルサレム神殿に行く」ことを忠実に守る家族だった。

    2)二人は鷹揚(おうよう)な人

    ナザレへの帰り、両親はイエスを見失った。エルサレムを出て1日経って両親は気がついた。聖書は両親について「道連れの中にイエスがいるものと思い込んで」(44節)と説明し、「三日後にようやく・・・見つけた」(46節)と手間取ったことを伝えてくれる。実に鷹揚な人たちだった、と言えよう。

    3)イエスを見つけ、怒り出す母マリア

    鷹揚な性格の一方、マリアは普通の人だった。母マリアがイエスを諭している言葉の中にその一面を知ることができる。「なぜ、こんなことをしてくれたのです。ご覧なさい。お父さんも私も心配して捜していたのです。」(48節)と怒りをぶつけている。「あなたのことを心配していたよ。」ではなく、ただただ自分の感情を爆発させている。日本語訳には「私たちに」が隠されている。「どうしてこんなことを(私たちに)したのか。」とマリアは言い放った。子を心配するより、自分を心配させた仕打ちへの怒りをイエスにぶつけている。

    このように聖書はマリアとヨセフ夫婦が特別信仰深かった、と二人を美化しない。イエスはこのような普通の両親の元に生活し、大きく成長されたと聖書は語る。

    2 普通の両親の元でイエスが育てられたことは何を意味するのか。

    12歳のイエスが神殿で教師たちと話し、質問していること(46節)はまさに父なる神がイエスを育てておられたことの印でしょう。後にパウロが語っているように「成長させてくださるのは神」としか考えられない(コリントの信徒への手紙第一3章4−9節)。私たちにとってこれ以上の慰めと励ましはないのではないか。

    3 私たちへの勧め二つ

    普通の親であるマリア、ヨセフが続けていた大切なことが二つあった。

    1)家族で神を第一とすること。彼らはまず身近な家族を愛していた。彼らは家族で神に礼拝し、行動を共にしていた。「あなたはどれだけ身近な者を愛し、身近な家族のために祈っているか」と自分に問うてみよう。

    2)マリアは神がしてくださることを覚えていた。

    聖書は母マリアのこの行動に注目している。「母はこれらのことをみな心に留めていた」(51節)と。「心に留めること」、これは「大事に保管する。記憶に留めておく」の意であり、今の私たちならノートに書く、日記を書くということだろう。

    マリアとヨセフのように家族を愛し育ててくださる神に期待し、神を第一として生きてみよう。神が必ず責任をとってくださるから。

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