カンバーランド長老キリスト教会

めぐみ教会

東京都東大和市にあるプロテスタント長老派のキリスト教会です

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  • 降誕節第4主日 マルコによる福音書1章14−20節

      「イエスに賭けた人たち」

     洗礼者ヨハネが時の領主ヘロデに捕らえられると、イエスは北のガリラヤで神の福音を大胆に宣べ伝え始めた。その内容は4つの言葉に簡潔にまとめられている。「①時は満ち、②神の国は近づいた。③悔い改めて、④福音を信じなさい」。このイエスの呼びかけをしっかりと聞いていた者たちがいた。

    1 4人はすべてを投げ打ってイエスに賭けた

    漁をしていたシモンとその兄弟アンデレ。イエスに呼ばれると二人はすぐに網を置いて(捨てて)イエスに従った。そして舟の中で網の手入れをしていたゼベダイの子ヤコブとヨハネの兄弟の二人もイエスに呼ばれるとすぐに彼の後に付いて行った。彼らは父ゼベダイを雇人たちと一緒に舟に残しておいた、と説明されている。このように二組の兄弟は漁師生活の必需品である網を捨て、父親も置いて並々ならぬ覚悟をもってイエスに従った。まさに人生をイエスに賭けた男たちの旅立ちと言える。

    2 「イエスに賭けた人たち」、でなく「イエスが賭けた人たち」

    聖書のはじめから繰り返されている出来事がある。アブラハム/モーセ/預言者たちに共通していること。それは彼らにまず呼びかけたのは神であった、ということ。

    神がアブラハム(アブラム)に呼びかけた。「あなたは生まれた地と親族、父の家を離れ私が示す地に行きなさい。・・・」(創世記12章1節以下)と。それはモーセ、それに続く人々、預言者もそうだった。預言者エレミヤについては「私はあなたを胎内に形づくる前から知っていた。母の胎より生まれ出る前にあなたを聖別していた。」(エレミヤ書1章5節)と語られた。

    実は今日読んだ弟子たちも同様で、彼らはイエスに選ばれた人たちだった。それゆえ今日の説教題は間違っている。「イエスに賭けた人たち」ではなく、「イエスが賭けた人たち」。これが正しい。弟子たちとは「イエスが賭けた人であり、イエスに選ばれた者たち」である。これが今日の第一のポイント。

    3 イエスの弟子、それはイエスの言葉にとどまって生きる者

    弟子はイエスに呼ばれ彼の弟子になった。そしてイエスから「あなたがたは行って、すべての民を弟子にしなさい。」と言われた。だが後の教会の中には人の弟子になるのを好む人たちがいた。「私はパウロに付く」「私はアポロに」「私はケファに」「私はキリストに」などと言う者たちがいた。パウロはそれを厳しく戒めた。

     イエスの弟子とはどういう人か。福音書でイエスは「私の弟子」と述べている箇所が7回あるが、今日はその一つに注目する。イエスは「私の言葉にとどまるならば、あなたがたは本当に私の弟子である。」(ヨハネによる福音書8章31節)と言われた。この世の知恵、常識、習慣がこの世を支配している。果たしてイエスの言葉に信頼し続けて生き抜くことが出来るか。不安に感じる人は多いだろう。 ここで天使がマリアに語ったクリスマスの出来事を思い起こそう。「神にできないことは何一つない。」と言われたマリアは答える。「私は主の仕え女です。お言葉どおり、この身になりますように。」(ルカによる福音書1章38節)。私は出来ない。だが神はお出来になる。それを信じて生きるマリア、これこそが弟子なのではないか。イエスは命をかけて愛して下さった。今命を賭けて生きてみようではないか。

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