カンバーランド長老キリスト教会

めぐみ教会

東京都東大和市にあるプロテスタント長老派のキリスト教会です

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  • 降誕節第5主日 マルコによる福音書1章21節ー28節

    新しい教えを聞く喜び

     ガリラヤ地方でイエスは「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて、福音を信じなさい」と語りはじめた。するとある安息日、ガリラヤ湖畔のカファルナウムの会堂で人々の前で教えられた。その話を聞いた人々はその言葉、その力に圧倒された。

    1 イエスは律法学者のようにではなく、権威ある者のように

    イエスの話はいつも会堂で語る律法学者とは明らかに違っていた。その違いを感じた人々はイエスの話は「権威ある者のよう」(22節)だ、と語った。人々はその「権威」がどこから来るか分からなかったが明らかに律法学者とは違うと断言した。

    2 「イエスは神の聖者」イエスは汚れた霊に知られていた

    イエスの話を聞いていた一人の男がイエスに向かって叫んだ。「神の聖者」、と。イエスは彼に向かって「この人から出て行け」とお叱りになった。すると彼を苦しめていたものが大声をあげて出て行くのだった。彼を苦しめていた正体、それは「汚れた霊」であり神に敵対するものだった。その霊はなんとイエスが誰であるかを知っていた。人々が「権威ある者」としか言えなかったイエスをストレートに「神の聖者」と呼び、神に属する者、神の権威を持つ者と呼ぶのだった。

     この日のイエスの言動は大きな評判となり、ガリラヤ地方すみずみに広がった、と聖書は記している。人から人にイエスの噂が広がり、イエスの言葉の力の秘密、権威の秘密に人々は圧倒された。

    3 イエスの権威の出どころは

    律法学者とイエスの違いは何か。それはイエスが神の子だからである。これこそ聖書の中心テーマだが、イエスが宣教を始めたこの頃、人々は分からなかった。それが次第に明らかになるのがイエスの公生涯である。この3年間、イエスは人々を教え、病を癒し、悪霊を追い出し、自ら神の子であること、真の権威を持つ者であることを示された。真の権威を持つ者であるがゆえにイエスの言葉には力があるのだった。

    4 イエスの宣教、それはイエスが語ることによってなされ、弟子たちもそれを語り伝えた

     ある時イエスはご自分を信じたユダヤ人に向かって言われた。「私の言葉にとどまるならば、あなたがたは本当に私の弟子である。」(ヨハネによる福音書8章31節)。今日の讃美歌355の2節「世のすべて とどまらず、はてしなく かわりゆく。主のことばに 従って、海の中に 山移る。」 イエスは神の子であるが故に、その言葉には力があった。それゆえ人々はイエスの言葉を愛し、命をかけてきた。

    5 イエスの言葉に聞き従う時、神(の権威)があなたを守る 振り返ると、私は多くのみ言葉に支えられ、守られてきた。テモテへの手紙二2章13節、エレミヤ書33章3節、使徒言行録18章10節など。今振り返るとみ言葉が私を生かし、私はカファルナウムの人々がイエスの言葉に出会った感動と驚きの中に生かされてきた。私は神のすべてを知らない。でも神の言葉は私の心の中で支えとなり、勇気を与え、喜びとなり、生きる力を与えてくれる。「あなたの言葉は私の足の灯 私の道の光」(詩編119編105節) あなたも神の言葉を信じて生きてみないか。これこそ素晴らしい大冒険、み言葉を信じて生きる信仰の冒険だ。

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