カンバーランド長老キリスト教会

めぐみ教会

東京都東大和市にあるプロテスタント長老派のキリスト教会です

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  • 2026年1月4日「がっかりする力」ハガイ書2章9節

    私事で恐縮ですが、私は「がっかりすること」に慣れた世代です。学生時代『超氷河期』と呼ばれた時代を過ごし、いまや『失われた世代』などと呼ばれています。努力が必ずしも報われない現実の中で、私たちの世代は「期待する力」よりも、「がっかりする力」を身につけてきた人が多いように思います。一方で、高度経済成長期を生き抜いてこられた親世代の方々には、「頑張ればきっと良いことがある」という「期待する力」を持っている方が多いように感じます。

     今日お読みしたハガイ書は、実に「がっかり」が詰まった書物です。では神様は、この書を通して「人生はがっかりの連続だ」と教えようとしているのでしょうか。そうではありません。がっかり尽くしの現実の中で、神様が何を語っておられるのかを、今日は共に見ていきたいと思います。

     ハガイ書が語られたのは紀元前6世紀、バビロン捕囚後のエルサレムでした。人々が最初に味わったがっかりは、バビロン捕囚による神殿の破壊です。神様から与えられた約束の地、ダビデ王家、そして神殿での礼拝――そのすべてが奪われました。希望を抱き続けることは、決して容易ではありませんでした。

     しかし数十年後、ペルシャのキュロス王によってエルサレムへの帰還と神殿再建が許されます。人々は大きな期待を抱いて再建に取りかかりますが、妨害や資金不足によって工事は中断され、再び深いがっかりを味わいます。そのただ中で語られたのが、ハガイ書2章9節の言葉でした。「この新しい神殿の栄光は以前のものにまさる」。

     ソロモン神殿の栄華を知る人々にとって、この言葉は大きな励ましだったことでしょう。しかしこの頃から、神様は「神殿」の意味を新しく示し始めておられました。捕囚を経て、神様は示されます。神殿とは、神様との関係を回復する「場所」ではない。神様との関係を回復した「人々」こそが、神殿なのだ、と。やがてキリストに連なる者一人ひとりが、神の神殿とされていく――その方向へと、神様は歴史を導いておられたのです。

     第二神殿は質素で、栄華に満ちたソロモン神殿と違って契約の箱も栄光の雲もありませんでした。エズラ記は、それを見て激しく泣いた人々がいたことを伝えています。しかし神様の約束は、見た目の立派さとは別のところにありました。「キリストに連なるあなた自身が、栄光に満ち、平和を受ける存在となる」。それこそが、この言葉の真意でした。

     このことを、私たちはめぐみ教会の歩みに重ねて考えたいと思います。私はめぐみ教会に来てまだ数年ですから、昔ばなしを皆さんに教えていただくことがあります。「あの頃は受洗者がたくさん起こされたね」「子どもがたくさんいてキャンプをしたね」「修養会で夜通し語り明かしたね」私は伺うたびに、「きっとこのころが、めぐみ教会のダビデ・ソロモン時代だったのだろうなぁ」と思います。目に見える祝福の時代でした。しかし今、私たちは第二神殿の時代のような、新しい局面に立っています。これまでと同じ形ではいかない現実の中で、神様は今も語っておられます。「この新しい神殿の栄光は以前のものにまさる」「この場所に平和を与える」と。

     それは、めぐみ教会に人がもっと増えるとか、華やかな宣教活動が行えるようになるとか…そういう目に見える成功を約束する言葉ではありません。「目の前にあるめぐみ教会がどんなにしょぼくても、大丈夫なんだ。だって、『神殿』はキリストにつながっているあなたがた自身なのだから。」という宣言です。がっかりする力も、期待する力も超えて、神様は私たちにご自身の価値観で物事を見るよう招いておられます。

     目に見えるものが衰えるときにも、神様は必ず最も良い信仰の道を備えてくださいます。その神様を信頼し、この一年も皆さんと共に見上げて歩んでいきたいと、心から願います。(篠﨑千穂子)

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