今日の箇所に登場する帰還者リストは、「自分がイスラエル人であることを証明できなかった人たち」、「祭司であることを証明できなかった人たち」です。大まかな出自は推測できても、正式に証明できない。そのため「どこから来たのか分か[…続きを読む]
2026年2月15日「Youはどこからイスラエルへ」エズラ記2章59~63節
カンバーランド長老キリスト教会
東京都東大和市にあるプロテスタント長老派のキリスト教会です
今日の箇所に登場する帰還者リストは、「自分がイスラエル人であることを証明できなかった人たち」、「祭司であることを証明できなかった人たち」です。大まかな出自は推測できても、正式に証明できない。そのため「どこから来たのか分か[…続きを読む]
私たちめぐみ教会では、今年からエズラ記を読み続けています。イスラエルの人々は神をないがしろにし、バビロン捕囚を経験しましたが、神のあわれみによってエルサレムへの帰還が許されました。今日の箇所には、その中でも礼拝に関わる人[…続きを読む]
私は「ご出身は?」と聞かれると、「成田市です」と答えてきました。ところが先日ある友人から、「それは適切ではない」と言われました。成田駅周辺に住み、何代もその地に根を張ってきた人だけが「成田の人」なのだそうです。ニュータウ[…続きを読む]
本日の箇所、エズラ記2章1~2節には、バビロン捕囚からエルサレムへ帰還した人々のリーダーの名前が並んでいます。正直、一読しても、「だから何…?」と感じてしまうような、地味な記述です。「でもこれだけ名前が羅列してあるからに[…続きを読む]
私は神学生時代に、「あなたの説教は希望がないのよね」と言われたことがあります。結構ショックでした。やはり牧師に向いていないのだろうかと悩んだとき、指導教官から、「あなたの性格や人生すべてをひっくるめて神様が召してくださっ[…続きを読む]
エズラ記は、少し意外な始まり方をしています。「エズラ記」という名前がついているのに、なかなかエズラ本人は登場せず、物語はペルシアの王キュロスの言葉から始まります。このころイスラエルの人々は、まことの神ではないものに頼り、[…続きを読む]
私事で恐縮ですが、私は「がっかりすること」に慣れた世代です。学生時代『超氷河期』と呼ばれた時代を過ごし、いまや『失われた世代』などと呼ばれています。努力が必ずしも報われない現実の中で、私たちの世代は「期待する力」よりも、[…続きを読む]
「太陽がいっぱい」という映画があります。恵まれない出自の青年が、大富豪の御曹司を殺して彼になりすまし、不安から罪を重ねていくという陰鬱な物語です。私はマタイによる福音書2章を読んでいるとき、この映画をふと思い出しました。[…続きを読む]
今日お読みした聖書は「マニフィカート」、マリアの讃歌と呼ばれる箇所です。イエスを身ごもったマリアが神を讃えて歌った、信仰的で美しい言葉です。けれども正直に言うと、わたしはこの箇所にどこか居心地の悪さを感じてきました。清ら[…続きを読む]
本日お読みしたマルコによる福音書1章1〜8節は、不思議な始まり方をしています。「神の子イエス・キリストの福音の初め」と高らかに宣言されているにもかかわらず、肝心のイエスは9節まで登場しません。思わず、「福音の初めって言っ[…続きを読む]