パウロは本日の箇所で、エフェソ教会の人々に「最後に、主にあってその大いなる力によって強くありなさい」と語り、その理由を「戦いがあるからだ」と続けています。世界や身の回りには戦争や不和が溢れていますから、「戦いがあるから強[…続きを読む]
2025年9月7日「伝説の勇者」エフェソの信徒への手紙6章10~20節

カンバーランド長老キリスト教会
東京都東大和市にあるプロテスタント長老派のキリスト教会です
パウロは本日の箇所で、エフェソ教会の人々に「最後に、主にあってその大いなる力によって強くありなさい」と語り、その理由を「戦いがあるからだ」と続けています。世界や身の回りには戦争や不和が溢れていますから、「戦いがあるから強[…続きを読む]
先週はエフェソ書5章で「妻と夫」の関係を見ましたが、今日はその続きとして「子と親」「奴隷と主人」について考えます。皆さんは「ハラスメント」を経験されたことがあるでしょうか。私が新卒で入社したころ、まだこの言葉が出始めたこ[…続きを読む]
今年の5月から、めぐみ教会ではエフェソ書の連続説教を行っています。それを話すと、友人から「エフェソなんて読んでるの?」と少し嫌そうな顔をされることがあります。曰く、「『妻は夫に従いなさい』って書いてあるからモヤモヤする。[…続きを読む]
ヨナは神様に怒り、反抗する、まるで幼子のような預言者です。でも、この物語で一貫しているのはヨナと神様の結びつきの強さです。この親子のような信頼関係があるからこそ、ヨナは神様に反抗もし、従いもし、怒りをぶつけようともするの[…続きを読む]
鎌倉時代に書かれた『歎異抄』には、親鸞が説いたとされる「悪人正機説」があります。「善人なほもて往生をとぐ。いわんや悪人をや。」…自分の力で悪から離れられない人こそ救われる、という考え方で、当時の仏教界に衝撃を与えました。[…続きを読む]
この物語の主役は百人隊長です。この節はメシアと異邦人の関わり合い方を示す大切な役割をしています。彼はローマの士官であり、百人を統率する隊長と呼ばれる異邦人でした。類似聖書箇所には、マタイによる福音書8章5〜13節とルカに[…続きを読む]
昨年4月、日本中会70周年を祝う「カンバーランド・セレブレーション」が、コロナ禍での延期を経て、ようやく開催されました。そして皆さん、覚えていらっしゃるでしょうか……牧師たちが熱演した「カンバーランド長老教会 誕生物語」[…続きを読む]
本日お読みした詩編23編は、神への全面的な信頼を表す、まさに「クリスチャンらしい」詩編です。けれども、私はこの詩編を読むとき、少し気後れしてしまいます。大切な人を失ったとき、願いが叶わなかったとき、納得できない現実が続く[…続きを読む]
今日の新約聖書の朗読箇所はヨハネ福音書から二か所を選びました。最初の箇所には、一人の心渇いた女性と主イエスの出会いの物語が記され、もう一か所には、十字架上で死んでいかれる主イエスが最後に発した言葉が「渇く」という言葉だっ[…続きを読む]
今日の聖書を読みながら、私は文鳥と暮らす作家の本に書かれていた、「トヤ」の話を思い出しました。「トヤ(換毛期)」には鳥が羽を失い不安定になりますが、古い羽を手放さないと新しい羽は生えてこないそうです。この「換毛」は、古い[…続きを読む]