エズラ記は、少し意外な始まり方をしています。「エズラ記」という名前がついているのに、なかなかエズラ本人は登場せず、物語はペルシアの王キュロスの言葉から始まります。このころイスラエルの人々は、まことの神ではないものに頼り、[…続きを読む]
2026年1月11日「優しい支配」エズラ記1章1~4節
カンバーランド長老キリスト教会
東京都東大和市にあるプロテスタント長老派のキリスト教会です
エズラ記は、少し意外な始まり方をしています。「エズラ記」という名前がついているのに、なかなかエズラ本人は登場せず、物語はペルシアの王キュロスの言葉から始まります。このころイスラエルの人々は、まことの神ではないものに頼り、[…続きを読む]
私事で恐縮ですが、私は「がっかりすること」に慣れた世代です。学生時代『超氷河期』と呼ばれた時代を過ごし、いまや『失われた世代』などと呼ばれています。努力が必ずしも報われない現実の中で、私たちの世代は「期待する力」よりも、[…続きを読む]
「太陽がいっぱい」という映画があります。恵まれない出自の青年が、大富豪の御曹司を殺して彼になりすまし、不安から罪を重ねていくという陰鬱な物語です。私はマタイによる福音書2章を読んでいるとき、この映画をふと思い出しました。[…続きを読む]
今日お読みした聖書は「マニフィカート」、マリアの讃歌と呼ばれる箇所です。イエスを身ごもったマリアが神を讃えて歌った、信仰的で美しい言葉です。けれども正直に言うと、わたしはこの箇所にどこか居心地の悪さを感じてきました。清ら[…続きを読む]
本日お読みしたマルコによる福音書1章1〜8節は、不思議な始まり方をしています。「神の子イエス・キリストの福音の初め」と高らかに宣言されているにもかかわらず、肝心のイエスは9節まで登場しません。思わず、「福音の初めって言っ[…続きを読む]
今日お読みしたマルコによる福音書7章1~13節は、私にとって少し思い出のある箇所です。神学生の頃、ある聖書会でこの「コルバン」の場面が読まれ、準備のない私は説明できず冷や汗をかいたことがありました。だからこそ今日は、改め[…続きを読む]
皆さんは「商標法」という法律をご存じでしょうか。登録商標、ブランドのロゴなどを無断で使うと罰せられる法律です。今日のマルコによる福音書を読む中で、私はこの法律を思い出しました。13章には「メシアを名乗る者が現れる」とあり[…続きを読む]
「金持ちの男」の物語はとても有名ですが、読むと「イエス様は意地悪だ」と悲しく感じる方もいるようです。私の友人も、「イエス様はできもしない全財産の売却を求めて、この男性に永遠のいのちを与えたくなかったのでは」と悲しんでいま[…続きを読む]
皆さんは周りの方からどんなふうに呼ばれているでしょうか。私も「千穂子先生」「ちほねえちゃん」「ちほりーぬ」など、呼ぶ人との距離によって呼び名が変わります。呼び名は関係性を表します。今日の出エジプト記6章2~13節には、神[…続きを読む]
本日お読みしたマルコによる福音書12章18~27節は、私にとって思い出深い箇所です。神学生のころ、神学生仲間のYくんが結婚しました。喜びにあふれた彼は旧約聖書の雅歌を説教したりするほどでしたが、ある日この箇所を読んで沈ん[…続きを読む]