カンバーランド長老キリスト教会

めぐみ教会

東京都東大和市にあるプロテスタント長老派のキリスト教会です

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  • 2025年3月30日 「嘘は泥棒のはじまり?」 出エジプト記20章16節

    小さなころ、ささやかな嘘をつくたびに、姉から、「あんた、嘘は泥棒のはじまりなんだからね?」と怒られたものです。姉の怒り方があまりにも恐ろしかったので、私は嘘をつくのが苦手になりました。ですから、今の私は「隣人について偽りの証言をしてはならない。」と聞くと、心から「そうだそうだ!嘘なんかついたらロクな目にあわないぞ!!」と思います。でも、本当にそうなのでしょうか?嘘は泥棒のはじまりで、神様は倫理道徳を教えるためにこの第九戒をイスラエルに与えたのでしょうか?嘘をついてはいけない理由を、今日はご一緒に考えていきたいと思います。

    「偽りの証言」とは一体どんなものでしょうか。ヘブル語で「偽り」を表す言葉を調べてみたところ、この言葉はどうやら法律用語として用いられることが多いようです。つまり、この第九戒が戒めているのは、「私的な嘘」ではなくて「法廷における偽証言」を指していることがわかります。ではどうして「法廷における偽証言」を神様が禁じたのでしょうか。3つ禁止の可能性が思い浮かびました。1つ目は、「隣人の命を守るため」。当時の裁判で有罪になると多くが死刑とされました。偽証言によって冤罪とされる人の命を守るため、神様はイスラエルに偽証言を禁止されました。2つ目は、「共同体の秩序を守るため」。不当な裁判が行われると当然社会秩序は崩壊し、人々の政治や法への信頼は揺らいでいきます。民の一致なしに神の国を建てあげることは不可能になりますから、神様は共同体の秩序を守るため第九戒を与えられました。3つ目は、「イスラエルに法を与えたのは神様だから」。使徒言行録5章にはアナニアとサフィラの物語が描かれます。この物語が語っているのは、お金を愛してはいけないとか、神に全てを献げなければ刑罰をうけるということではありません。神を偽ることは重大な罪だということです。神様は荒野での長い旅を通して、神ご自身とその民との間に、他の何物をも介在させない親しい関係を築こうとされました。その中で、もし神の民が神を偽ったら、しかもその偽りが、神がこの上なく愛される隣人を陥れるためのものだったとしたら…神と人とが親しい関係を築くことも、隣人同士が愛し愛される関係を築くことも、神の民としてのイスラエル共同体が健全であることも阻害されてしまいます。神様は高い道徳観をイスラエルに与えるために第九戒を与えたわけではありません。不道徳ではなく不信仰を禁じられたのです。不信仰とは、誰かを陥れてでも、問題を自分で解決しようとすることをいいます。それに対して信仰とは、自分が策を講じたりせずとも、神様が良いことを為してくださると信頼することをいいます。

    私たちが人生のうちで法廷に立つようなことは、ほとんどないかもしれません。けれども、私たちが立っているこの場所は既に到来している神の国で、人間が作った法廷よりも神様の前にいつでも誠実であることが求められる場所です。この世界は、嘘や詐欺、欺瞞、不正行為で溢れていて、そのために命を脅かされることすらあります。そういう世界で誠実であることは本当に難しいことですが、私たちが神の前に誠実に歩むことを目指していくならば…隣人について偽りを語ったり貶めたりするのではなく敬意を払うことを目指していくならば…神の国は少しずつではありますが完成に近づいていきます。私たちの涙がぬぐわれて、喜びしかない世界を、私たちが神様と共に造らせていただくのです。この難しくて大きな召しに応えつつ、今日からの1週間を勇気をもって、共に歩みだしたいと願います。(篠﨑千穂子)

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