今日、聖書朗読したマルコによる福音書6章7節、8節は、今から6年前の2019年4月6日、私がめぐみ教会に来て最初の礼拝で語るように示された説教の聖書箇所です。今朝は、その時の御言葉を振り返り、6年前にこのめぐみ教会の講壇で語った御言葉が、どのように私を、そしてめぐみ教会を導いてくださったかを振り返ります。そして、御言葉とともに、この6年間の神様の導きを皆さんと一緒に感謝し、その歩みを私なりにたどってみたいと思います。
主イエスは、弟子たちを二人ずつ遣わされました。研修も訪問の練習もなく、ぶっつけ本番。イエス様は「これぞ」という弟子たちを選び、「命じた」のです。「行きなさい」と。金も持たず、着替えも持たず、今晩泊まる所も知らずに、弟子たちは出かけていきました。持っていたのは杖一本。そしてもう一つ。イエス様からの「汚れた霊を追い出す権能を授ける」という約束(あえて「口約束」と言います)。これからどうなるか分からないけれども、イエス様の言葉を信じて出かけていきました。聖書は、このように記します。この弟子たちに倣い、弟子たちを派遣されたイエス様の言葉に従っていこう。そう決心して、めぐみ教会のこの講壇に立ったのを覚えています。私は、この弟子たちと自分を重ね合わせながら、めぐみ教会での働きを始めました。「これからどうしよう」と色々考える必要はありませんでした。明確なミッションが与えられていたからです。それは、このめぐみ教会に次の牧師を見つけることでした。この教会での奉仕は1、2年ほどだろうと考えていました。まさか新型コロナウイルスが迫っているとは、考えてもいませんでした。
めぐみ教会での働きを始めて1年、自分の経験が全く役に立たない事態が発生しました。新型コロナウイルスの蔓延です。2020年3月29日、ついに礼拝堂での礼拝を中止せざるを得ない状況になりました。礼拝堂には、説教者、オルガニスト、配信担当者のみ。ある時はオルガニストさえも礼拝堂に入れず、讃美歌自動演奏機を使ってオンライン礼拝を続けました。「箱舟に閉じ込められたノアたちは、こんな気持ちだったのか」と考えたりしました。聖書によると、ノアたちは約1年間、箱舟で暮らしました。2月17日から翌年の2月27日に箱舟から出たと記されています。ノアたちが虹を見たように、私たちも2021年12月に通常礼拝に戻すまで試行錯誤を続けました。週報を水曜日に印刷し、皆さんのところに主日前に届けるようになったのは、礼拝堂での礼拝ができなくなったことがきっかけでした。
この教会に遣わされて1年、新型コロナウイルスの流行、オンライン礼拝への対応。皆さんと一緒に礼拝に集まれない辛い時を味わいました。私も皆さんも、生まれて初めての環境、生まれて初めての課題の中に放り出されました。それは、まるであの弟子たちが何も持たずに二人ずつ遣わされた時のようでした。コロナ禍で、イエス様から遣わされた弟子たちの気持ちを学ぶことになるとは、思いもしませんでした。
しかし、そんな箱舟に閉じ込められたようなコロナ禍の教会生活でしたが、神様は不思議な導きをしてくださいました。一人、また一人と新しい教会員が加えられました。誰もいないがらんとした礼拝堂での入会式は辛いものでした。しかし、皆さんと共に集い、洗礼式を行えたことに、私たちは神様の不思議なお働きに勇気をいただきました。会堂献金の返済も、グループ礼拝を続ける中で2021年7月1日に完済しました。そしてその5か月後の12月に通常礼拝が再開されました。とても嬉しかったです。しかし、その喜びも束の間、2022年には私の背中の痛みが悪化し、3月17日から41日間、入院を余儀なくされました。皆さんには大変なご迷惑をおかけしました。そんな中、癒されて退院した次の日の朝、教職委員会から「新しい牧師を求める教会はありませんか?」との一通のメールが届きました。それをきっかけに、めぐみ教会の次期牧師招聘の話が一気に具体化しました。
コロナ禍による礼拝の中断、担任牧師として招かれた牧師の病気によるダウンという苦難に直面しためぐみ教会。しかし、長老や執事の皆さん、そして教会の皆さんは、他教会の助けをいただきながら、「これからのことは分からないが、みんなで進んでいこう」と決断なさいました。そこで見たものは何だったでしょう?それは、その都度働いてくださった、生ける神様のお働きではなかったでしょうか?
今、私がお話ししてきたことは、作り話ではありません。この教会に働いてくださった生ける神様のお働きです。今朝私たちは、コロナ禍の中で、このめぐみ教会で共に歩んだ6年間を見てきました。私たちは、生ける神様が導いてくださった、そのお働きの証人です。今日も、明日も、生きて働いてくださる神様に感謝して歩み続けてください。
イエス様は、私たちを支え続けてくださいます。幸せとは、主イエスの言葉を信じて生きることです。イエス様の弟子として、これからも生き続けましょう。(石塚惠司)