カンバーランド長老キリスト教会

めぐみ教会

東京都東大和市にあるプロテスタント長老派のキリスト教会です

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  • 2026年10月4日「バブルを知ってる大人たち」エズラ記3章8~13節

    本日のエズラ記では、いよいよ神殿の再建が始まります。普通なら喜びに満ちた出来事ですが、そこには「この神殿の基礎が据えられるのを目にして、大声で泣いた」という不思議な記述があります。この「泣いた」という言葉は、感動して涙を流すという意味ではなく、激しく嘆き悲しむ、痛みや喪失を叫ぶという、とても強い意味の言葉です。では、なぜ神殿の基礎を見て、人々はそこまで嘆いたのでしょうか。

    神殿の再建は、帰還して2年目の「第二の月」に始まりました。この時期は工事に適した季節でしたが、もう一つ大きな意味がありました。かつてソロモンが神殿を建てたのも、この第二の月だったのです。人々は、かつての壮麗なソロモン神殿に倣って、神殿を再建しようとしました。そして工事を監督したのはレビ人でした。レビ人は礼拝を担う人々です。今で言えば、礼拝堂を建てるときに牧師たちが現場監督をするようなものです。「説教台はどこか」「聖餐卓はどこか」など、建物以上に礼拝のことを考えるわけです。少し面倒な現場だったかもしれません。しかし、それだけ人々が「これは礼拝のための神殿なのだ」と、礼拝を大切にしていたということでもあります。そして基礎が据えられると、ダビデ王の時代から礼拝音楽を担ってきたアサフの一族が、シンバルを手に主を賛美しました。ダビデの時代から400年以上。イスラエルは王国の滅亡とバビロン捕囚を経験しました。その長い苦難を越えて、かつての礼拝音楽を担った人々の子孫が、再びシンバルを持って主を賛美しているのです。人々は大きな喜びの叫びを上げました。

    ところが、その喜びの中で、大声で泣く人々もいました。それは、かつてソロモン神殿を実際に見たことのある年配の人々でした。後の歴史家ヨセフスは、第二神殿がソロモン神殿より小さかったためだと説明しています。けれども記録によると、第二神殿の基礎が圧倒的に小さかったとは言い切れなかったようです。それでも、昔を知る人々には、「昔の栄光には及ばない」と感じられたのでしょう。私はここで、バブル時代を知っていた会社の先輩方を思い出します。先輩たちはボーナスがでたときに、「昔はボーナスがもっと多かった」「社員旅行はハワイだった」「今、私たち大事にされていない」と嘆いていました。氷河期世代の私たちからしてみたら、「ボーナスが出るだけでラッキー」という感じでしたから、ギャップに驚きました。けれども、良い時代を知っているからこそ、今との落差が苦しくなることがあります。良い思い出は、本来なら恵みです。しかし、それが現在を測る物差しになると、かえって人を苦しめることもあるのです。私たちの教会にも、きっとそういう時代がありました。若い人が多く、修養会や夜通しのウォークラリーがあり、教会学校にも子どもたちがたくさんいて、受洗者も次々に与えられていた。そういう「キラキラした時代」を知っているからこそ、「昔はもっと人がいた」と寂しく感じることもあるかもしれません。

    けれどもここで大事なことがあります。第二神殿にはたしかに、ソロモン神殿にあった契約の箱も、豪華な調度品も、大量の金もありませんでした。神殿を満たした神の栄光の雲もありませんでした。けれども、失われなかったものもあったのです。ダビデの時代から続く礼拝の伝統や、アサフの一族の賛美、そして何より、長い捕囚の時代を越えて、再び神様を礼拝する民が、失われることなく与えられていたのです。ここに、エズラ記3章の大切なメッセージがあるのではないでしょうか。人々は、失われたものを見て泣きました。けれども、神様は、失われなかったものを見ておられたのです。私たちも、不安なときには、神様が与えてくださっているものより、失ったものに目を向けてしまいます。「あの頃は良かった」「あんな時はもう二度と来ない」と思ってしまいます。しかし神様は、私たちの悲観とは関係なく、恵みを注ぎ続けてくださいます。望みえないように見える今日も、神様は共にいてくださいます。失われたものがどれほど多く思えても、なお与えられている恵みがあります。その恵みに目を向け、インマヌエルである神様が共にいてくださることを覚えて、今週も歩んでまいりましょう。(篠﨑千穂子)

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